より よく 生きる

よりよく生きるために

本・ものは捨てても、ワタシは「好き」を捨てられない

私は ミニマリスト ではない。リビングにTVはあるし、洗濯機や冷蔵庫、レンジ、トースターもある。ないといえば炊飯器くらいか。自室にあるものも、装飾品といったものがないため一見少なく見えるが、画材などを人より多く持っているため、収納ケースには結構ものがある。レジン、革、布、粘土、絵の具…。漫画本も今年に入って裁断し電子化したが、その際に知人に貸していたものなどでき切れていないものもあるし、やはり紙媒体でも持っていたいと再製本したものもある。(着せ恋は裁断・再製本後、同居人が所有している。)また、どうしても小説だけは紙媒体で読みたいので、そのあたりは随分厳選したが、それでも人並みに持っているだろう。

そんなわけで、私は自分をカテゴライズする際はシンプリストを選ぶようにしている。ただあくまでそれはミニマリストなどの知識が一定数ある方にむけたもので、そうではない方に関してはわかりやすく「ミニマリストよりの生活をしている」と答えるようにしている。そうすれば頂き物は大体が消え物(お菓子とか)にしていただけるのでありがたい話である。

 

はてさて。そんな私なわけで、ものが超絶少ないです!といった人間ではない。今でも絶えず何かを購入している。当然買い方は過去とは異なり、厳選するようにはなったが、それでもやはりまだ捨てるものは出てくる。定期的に所有物を見直して、前回捨てなかったものもやはり不要なのではないか、最近購入したが自分には合わなかったため何かしらの方法で処分するか…を検討している。あくまで基準は「今の私に必要?」という点。そういった家中総点検をする際、やる気スイッチを入れるため、ミニマリスト関連の本をよく読む。

 

今回選んだのはこちら。

ものは捨てても、ワタシは「好き」を捨てられない

著:mami

 

ミニマリスト関連の書籍、といったが、これはミニマリストしぶさんのように捨て方の指南書というわけではない。あくまで個人的な事例の1つをみるといった内容の書籍になる。こうやって捨てましょう!捨てるときのポイントはこう!といった書籍は、もうずいぶん読んだので…様々な人の成功例や失敗例を見て、参考になるところを吸収している段階といえばいいだろうか。

タイトルの通り、著者は自分の「好き」を大切にしている。当然、ものは少ないが、何もないというわけではない。

衣装に関しても、ミニマリストの衣類といえばモノトーンコーデが多いのではないだろうか。オン・オフ使え、フォーマルにもカジュアルにもなる白と黒で構成された少数精鋭の衣服たち…といったもの。しかし著者は花柄であったり、ボルドーであったり、色・柄に囚われない。自分が好きと思える衣服を最小限所有し、それを着倒すといった活用方法を選んでいる。

かく言う私も最近この方式に近づきつつある。黒・白だけで構成されていたがどうしても黒だと重いのだ。だが白だと膨張し過ぎるし、どうしてもカジュアルに振り切れない。仕事の時は現在も白と黒でオフィスカジュアルな装いをしているが、休日はブルーのワンピースなども取り入れるようになった。

 

話は変わるのだが、また今年度中に引っ越しをするかもしれない。私の都合というよりはパートナーが関東の方3年程出向するかもしれないのだ。早くて今年の秋、それが過ぎれば今年度末だろうか。引越しと言われると大仰なイベントの一つなのかもしれないが、私自身、荷物がそこまで多くはないので、そこまで準備にも手間取らないだろうと思っている。たぶん、1~2日あればいいだろう。

 

今回の総点検もその話があってのことだったのだが、それで出たのはゴミ袋1.5袋分。どちらかというと、今まで使用してきたものが劣化したため処分するといったものが多かったように思う。しかしながらいまだに「使うかも…」といったものがたくさん出てきたので辟易している。ただ思ったのは、結果的にそうだったということで、そのときの私には必要だったのだろう。今回、やっと不要なものになったのだろう。

 

この習慣はたぶん自分が死ぬまで続いていくのだろうと思う。その時の生活スタイルに合わせて、適度に変化していければとおもっている。

映画・宇宙でいちばんあかるい屋根

昨年だったか、「線は、僕を描く」という小説を読んだ。家族を失ったことで心が空っぽになってしまった大学生の男性が、水墨画と出会うことで彩りを取り戻していくという物語だったように記憶している。

それまで水墨画といえば、TV番組でチラとみたりという程度でほとんど触れたことがなかった。だからか、ただぼんやりとした白と灰色と黒の濃淡でのみ描かれているだけの絵というイメージだった。しかし、水墨画で描かれた絵には奥行きがあり、彩がある。墨で書かれた薔薇の花が、白と黒で描かれたはずの作品に赤い色が見えるのだ。作品を通してそれらを知り、こんなにも美しいものなのかと驚愕したのを鮮明に覚えている。

 

 

知らなかったのだが、横浜流星さんが主演で映画化されるらしい。原作公式サイトがなかなか面白く、水墨画の道具についても紹介されている。文章だけでは想像できない専門道具に関してはやはりこういったところで知識を得るのが一番だろうと思う。

senboku.kodansha.co.jp

 

閑話休題、何故唐突に昨年読んだ物語の話を始めたのかという話をしようと思う。実際のところ、小説を読んだことも内容も覚えてはいるが、1年も過ぎたことで水墨画のことは記憶の片隅へと追いやられ、意識することのなかった今日この頃。ふとしたことで思い出したのだ。

 

またネタバレ交えて綴っていこうと思う。

「宇宙でいちばんあかるい屋根」

14歳のつばめは、隣人の大学生・亨にひそかに恋心を抱く普通の女の子。両親と3人で幸せな生活を送っているように見えたが、父と、血のつながらない母との間に子どもができることを知り、どこか疎外感を感じていた。

誰にも話せない思いを抱える彼女にとって、通っている書道教室の屋上は唯一の憩いの場だった。ある夜、いつものように屋上を訪れたつばめの前に、ド派手な装いの見知らぬ老婆が現れる。

その老婆「星ばあ」がキックボードに乗って空を飛ぶ姿に驚きながらも、不思議な雰囲気を漂わせる彼女に次第に心を開き、恋や家族の悩みを相談するつばめだったが…。(映画.comより引用)

eiga.com

 

見どころが何処かと聞かれると困ってしまうが、わたしはとても良い映画だと思う。

主人公つばめの悩みや葛藤への対峙、両親の優しさもよく描かれていたし、恋愛映画として男性俳優のイケメンっぷりで胸キュンエピソードが…的な展開でもない。星ばあを演じられていた桃井かおりさんも良い意味でざっくばらんなお婆さんで、そこがまたよかった。見どころを聞かれると困るが、好きなシーンを挙げたらキリがない作品だった。

 

つばめにはひばりという産みの母親がいる。水墨画の世界では有名な画家らしい。しかしつばめが2歳のときにでていってしまった。今現在、つばめは父親と育ての母親と住んでいるが、今の両親の子が生まれるということで疎外感を感じ、様々な葛藤を経て、産みの母に会いに行くシーンがある。その時に水墨画の個展を訪れるのだが、描かれた鳥たちがとても美しかった。水墨画、やっぱいいなぁ。描いてみたいなぁ、なんて思いながら観ていた。そしてまた別の個展にて植物の水墨画が展示されている。そのうちの一枚である向日葵が実に黄色かったのだ。

脳が勝手に補正するのだろうか。斜めから正面にアングルが変わっていくのだが、じつに黄色い花びらが見えて、自分でも疑った。しばらく見ているとちゃんとその絵は水墨画で白と灰と黒で彩られていた。とても不思議な体験をした。

 

この作品の主人公はつばめだが、やはり一番目をひくのは 星ばあである。キックボードで空をとぶというファンタジー設定もあるが、それは冒頭のみで、それ以外はまぁ普通のかわったお婆さんなのだ。年をとったらなんでもできるようになる、という不思議設定は何だったのだろうか。いろいろと不可解な点は多いのだが、まぁそれはそれでよし。星ばあが屋根にこだわる理由も後半に理由が判明するし、まぁ全てが謎の老婆ではなく人間らしい人だったのだ。こういうお婆さん、いたらいたで面倒だけど、憧れる。桃井かおりさんはヘルタースケルターさくらんなどの役の印象が強かったので、こういった老婆役をするのは少し以外だったが、とてもよく似合っていたと思う。(褒めてる)

 

皆さん素敵だというのは前提として、この作品の男性陣で一番素敵なのは、言わずもがな父親だろう。つばめの不満が爆発して両親に暴言を吐いたときも、頭をなでて 母に謝りなさい と諭す、愛情深い人だった。演じられている吉岡秀隆さんが本当に素敵で、優しさが全身からにじみ出ているように感じた。つばめの元カレである笹川も愛らしい感じでよかった。演じられている俳優さん、些細な演技上手すぎないか…?ティッシュを渡すシーンのモタモタ感とか、本当によかった。そして、お隣さんである亨だが、爽やかで優しいお兄さん。でも、ちょっと不安要素の多い人物。彼に関しては最後まで掴み切れなかった。いい役で終わるのか、否か。いや、悪く考えすぎるのも私の悪い癖である。

 

全体通して優しい気持ちで観れるので疲れた時にまた機会があれば観ようと思う。「線は、僕を描く」は折角なので劇場に観にいこう。

映画・バケモノの子

夏である。夏になるとサマーウォーズを観たくなると以前どこかしらでいったかもしれない。金ローで放映されるとTwitter社との戦であるがごとく皆が一様に例の言葉をつぶやくわけだが、あのお祭り感も好きだ。ちなみにだがバルスもつぶやく派の人間である。バルスといえばジブリだが、サマーウォーズの監督である細田守監督はジブリとも所縁があるらしい。世界は狭い。

 

今回は細田守監督つながりで「バケモノの子」を観た。ネタバレ交えて綴っていこうと思う。

交通事故で母親を亡くした9歳の少年・蓮。両親は以前に離婚しており、父親は迎えに来ず、少年は親戚に引き取られることになる。しかし、親戚の人たちとは良好な関係とはいいがたいようだった。1人で生きていくと啖呵をきって家を飛び出すも9歳の少年に行く場所などあるわけがなく、夜の渋谷を彷徨うことになる。警察に歩道されかけたところを間一髪逃げ出し、隠れ込んだ路地裏。そこで出会ったのは大きな熊のバケモノだった。師弟となった一人ぼっちのバケモノと、一人ぼっちの少年と。ぶつかり合いながら成長していく2人の物語。

 

ざっと説明するとこんな感じだろうか。

 

まず作品をみて一番に浮かんだのは「千と千尋の神隠し」だった。男鹿さんの描かれるような世界観(実際に男鹿さんも制作に参加されているらしい)。少年がバケモノの世界である渋天街に迷い込むシーンは、とても既視感のあるものだった。一見ありふれた、でも少し不思議な道を抜けて世界が変わっていく、あのドキドキする感覚。「耳をすませば」「千と千尋の神隠し」でも、とてもすきな演出だった。ただ様々な考察を観たせいか少々穿った見方をしてしまってよくない。そのあたりを考慮しないで綴ろうと思う。作品はできるだけ先入観なく、観たいのだが…まぁ仕方ない。

 

バケモノの世界で描かれる「生活感」がとてもいい。バケモノであるが、毎日洗濯や料理をしているところがなんともいい。そこは魔法とかじゃないのか、鶏育てて卵取るのか…とフムフムした。

 

青年になった少年は、わけあって渋谷(要は人間世界)に舞い戻る。そこで楓という女子高生に出会い、人間世界のことを知る。文字や一般教養といったものを学ぶ。そういえば、「おおかみこどもの雨と雪」でも似たような描写があったような気がする。公開当初に観て以来なのであやふやだが。細田守監督のこだわりなのだろうか。図書館で勉強する、というのは図書館司書を生業にしている身としてはなんだか嬉しい。

 

全体の感想として、素直に感動して、素直に観ればいいのではないだろうか…ということ。熊徹が宮崎駿監督、九太が細田守監督で…と妄想するのもそれはそれで面白い。バックボーンというか、そういう見方もありだよね的な。なにより、これは熊徹と蓮(九太)の物語だ。それ以外に関しては少し弱いようにも思う。一郎彦、二郎丸、父親、楓についてはあくまで+αでしかない。その辺りを深めるとおさまりようがないのでそれはそれでいいのだが、心の穴に関してはもう少し深堀してくれてもよかったように思う。

 

何はともあれ、よかった。ちゃんと熊徹に感動した。何故か熊徹のキャストが藤原啓治さんだと思い込み、違ったことにショックを覚えたのは内緒である。役所さんの熊徹もすてきだった。そばかすの姫もいずれ観たいのだが、映像的に目が回りそうで悩んでいる。スマホサイズでみれば大丈夫だろうか。

より よく・ピーターラビット展

幼少の頃。薄ぼんやりとした記憶ではあるが、ピーターラビットシリーズを数冊読んだのを覚えている。その中でも何故か印象に残ったのは、猫がネズミに簀巻きにされて、食べられかけるというショッキングな内容だった。調べてみたところ「ひげのサムエルのおはなし」(福音館書店)だったらしい。

それくらいの記憶の中、以前ピーターラビットが実写映画されたようで、それも1.2両方観た。なかなかにバイオレンスというか、まるでホームアローンのようなピーターに驚愕したのだった。まぁそもそも何故観たのかというと、そういう噂を聞いていたからであるが、想像の上をいくバイオレンスさだったのだ。それ以来、実写映画のことを我が家では「バイオレンス・ピーターラビット」と呼んでいる。あれは我々が幼少の頃にみていたピーターラビットとは別物なのだ…猫がネズミに簀巻きにされて食べられかけたとはいえ。

 

そんなわけで我が家ではピーターラビットはちょっとしたネタ的な存在に扱われているのだが、それもいかがなものか。きちんとしたピーターラビットをみようではないか、ということで行ってきた。展示内容のネタバレを含むので、これから行かれる方はご注意願いたい。

 

あべのハルカス ミュージアムで行われている ピーターラビット展。

(写真は当然であるが、可能エリアでのみ撮影している)

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まずお出迎えしてくれるのは、ピーターラビットの世界の地図。

マグレガーさんに追われるピーターが可愛い。

 

いくつかのブースにわかれて構成されていて、作者のビアトリクスがうさぎをデッサンしたものがまとめられていたり、挿絵として描かれたイラスト、「ピーターラビットのおはなし」、日本におけるピーターラビットなどなど。どれもとにかく絵が可愛い。

 

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ところどころに写真可能エリアがあるといった構成。こいった写真可能な展示は「ピーターラビットのおはなし」の絵本に出てくるシーンを再現したもの。お母さんウサギがピーターの服を整えるこの展示、とても可愛い。というかお母さん、めっちゃかわいい。


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マグレガーさんの畑に侵入するピーター。写真ではわからないが、微妙に可動してる。しっぽがたまらなく可愛い。ウサケツかわいい。


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ラディッシュを食べるピーター。とにかく可愛い。ポリポリしてる映像もたまらなく可愛い。


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マグレガーさんの畑から逃げ出すことができなくて泣くピーター。


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服を案山子にされる。実写映画ではこれが回収されるところから始まるわけで、そのすぐあとにマグレガーさんは……なので、あぁなんとも言い難い。


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超巨大バースデーケーキ。180cmくらいあるらしい。よくみると、お父さんのパイとかが飾られている。

 

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最後の撮影スポット。
このあとがグッズコーナー


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これだけ収穫。

クッキー缶、マスキングテープ、チロルチョコ、ポストカード6枚、ガチャガチャ1回

 

たぶん当たりのピーター

なかなかかわいい。

 

こうしてあまり絵本を読んでいない私が行っても楽しむことができた。これを機会に絵本を読んでみてもいいかもしれない。一つ残念なのは、ビアトリクスが描いたウサギのシンデレラの絵のポストカードがなかったこと…。とてもかわいかったので、ぜひ欲しかったのだが…まぁ仕方がない。

そういえば日本におけるピーターラビットについての展示にて、昔とある雑誌に掲載されていたピーターラビットを拝見した。NDLあたりで公開しているだろうか…みてみたい。そのあたりも機会があれば集めてみてもいいかもしれない。

 

 

映画・恋は雨上がりのように

皮膚が濡れたまま、そこが擦れると皮膚が痒くなる。汗疹のようなものだろうか。しかしだからといって常に降りかかる雨にを拭いても拭いても濡れるわけであって、私は結局、雨の思うままそれを享受するしかないのだ。別段嫌いというわけでもないが、雨が好きになれないでいる。

そういえば、敬愛してやまない堂本剛さんがFUNK音楽を聴くようになってから雨が好きになったと仰っていた。FUNK音楽を理解できない私では、憧れは募るものの、その境地には達することができないでいる。いつか、私も雨を好きになれるだろうか。

 

雨はさほどだが、雨音は好きだ。豪雨のようなけたましい音をたてるのはご遠慮願いたいが、細雨のような しとしと と窓を濡らすくらいの雨音は聞いていて癒される。よくYouTubeのBGMチャンネルでも雨音が流れているのがあるが、結構好きだ。雨音や波の音は1/Fゆらぎのような何かがあるのだろうか。詳細は知らない。

 

雨の時期といえばの映画を観たので、感想を綴りたいと思う。

恋は雨上がりのように

 

高校二年生の橘あきら(17)は、アキレス腱のケガで陸上の夢を絶たれてしまう。偶然入ったファミレスで放心しているところに、優しく声をかけてくれたのは店長の近藤正巳(45)だった。それをきっかけにあきらは、ファミレスでのバイトを始める。バツイチ子持ちで、ずっと年上の近藤に密かな恋心を抱いて…。

あきらの一見クールな佇まいと17歳という若さに、好意をもたれているとは思いもしない近藤。しかし近藤への想いを抑えきれなくなったあきらはついに近藤に告白する。近藤は、そんな真っ直ぐな想いをそのまま受け止めることができず…。

真っ直ぐすぎる17歳、冴えない45歳。ふたりに訪れる、人生の雨宿り物語。

(Amazonvideoより引用)

 

世の中には、いろんな趣味の人がいて。一見差別的な用語のようにも昨今では捉えられるのかもしれないが、デブ専とかそういった一つのジャンルの人を好む方々というのは少なからず存在する。私の場合はオジ専というらしい。ただオジサンであればなんでもいいわけでは当然なくて、ようはイケオジが好きなのだ。佐々木蔵之介さんやアランリックマンみたいなイケオジを見ていたら肌艶が良くなるような感覚がある。

 

大泉洋さんがイケオジかと言われると、どうだろうかといったん考えるのだが、この作品における大泉さんはもう本当にイケオジなのだ。一見頼りないのに、困ったときに寄り添ってくれる、そんなかんじの…なんというか、ホットミルク系のイケオジなのだ。決してコーヒーのようにダンディでもないし、紅茶のようにスマートでもない。しかし、ホットミルクが無性に飲みたくなる日もあるではないか。そんな大泉さんを楽しむことができる。

 

原作は純文学のようだ、と聞いていたので、映画もそうなのかと委縮してしまっていたのだが、そんな気難しいものはなく、それこそサイダーのように気軽にみることができた。

ヒロイン役の小松奈々さんもとてもよかった。原作の絵を少々拝見したのだが、モデルにした?と聞きたくなるくらい、よく似ていて驚愕した。あのすらっとした美しさと、時折見せる笑顔のギャップが堪らなく可愛い。ときに、何度が着ていた「空手チョップ」Tシャツが気になるのだが、あれの元ネタは何なのだろうか。何故購入したのか、気になって仕方ない。

 

物語としては、実は夢破れた二人がそれぞれの境遇から夢と対峙する。いつまでも「執着」してしまう小説と、もうすることができない陸上と。年齢による視点の違いや、向き合い方の違い、その辺りの描写が個人的にとても心惹かれるものがあった。恋愛映画という枠にはとどまらない何かがきっとあるように思う。

 

余談ではあるのだが「おにぎりあたためますか」を視聴していたものとしては、友人役が戸次さんなのも良い。あの辺りは一人で小躍りできるくらいにテンションが上がった。え、めっちゃキャストわかってるやん、え、なによ…とブツブツと呟いてしまったことは内緒である。

映画・海街diary

6月某日。梅仕事を行った。少し遅めの梅仕事だった。

ふと、以前ちらっとだけみた映画のことが頭をよぎった。確か金曜ロードショーでやっていて、ワンシーンだけ観たのだ。全貌は把握していない。出演キャストが豪華で是枝監督の作品で…あぁでも是枝監督なら話が重いのだろうか。でもあのシーンからは重々しい雰囲気は感じられなかった。そうして、ふとよぎっただけのその映画のことをここ数日考えていた。そうだ、次はこれを観ようと自然に決めていた。

海街diary

 

勘違いしていたのだが、主演は綾瀬はるかさんだったらしい。何故か、広瀬すずさんだと思い込んでいた。長女 綾瀬はるかさん、次女 長澤まさみさん、三女 夏帆さんの三姉妹。父親は随分前に別で女性を作り失踪、母も別で家庭をもうけ出ていったのが 長女 幸がまだ高校生の頃だった。残された鎌倉にある一軒家で暮らす三人。そんなある日、父親が他界したことをしる。そして、母親違いの妹の存在をしるのだった。わけあって母親違いの妹 すずを引き取ることになり、4人での暮らしが始まる。

 

それぞれに父親、母親に思うところがあり、姉妹での役割も「らしさ」もしっかりとしている。あるいみ、それぞれが わかりやすいキャラクター設定をしていて、それぞれがらしい考えをし、らしい対応をしていた。

全体的に重苦しいところは一切なく、比較的安穏と暮らしが続いていく。しっとりと、でも爽やかな作品だった。海街diary、たしかにとある日常なのだ。

 

舞台となるのは、鎌倉。極楽寺駅七里ヶ浜江ノ電など随所に鎌倉らしいスポットがでてくるのも嬉しい。ながらく鎌倉方面にいけていないが、やはりこの時期になるとあの湿度のある鎌倉に行きたくなる。ことしの紫陽花もきっと美しいものだったのだろう。

余談だが、この作品を観ていて、何度も思ったのが「綾瀬はるかさん、美しすぎんか」ということ。肌の透明感や、少々野暮ったい衣装…しかし凛とした立ち居振る舞い。いや、うつくしすぎんか…。そもそもキャストが豪華なので、常に映像がありがたかった。

 

話を戻すとして。作中に出てくる、たくさんの食べ物が印象的だった。おはぎ、カレー、アジフライ、生シラス、南蛮漬け、そして冒頭で述べた梅。庭には梅の木が埋まっていて、そこでなった梅を梅酒にしているらしい。毎年、梅仕事をしているそんな風景が目に浮かぶ。しらなかったのだが、梅酒の味を染みさせるために梅に竹串をさすらしい。今年はできなかったので、来年はやってみようと思う。

私がみたワンシーンは、長女 幸と、すずが縁側で漬けた梅を楽しんでいるシーンだった。お互いの名前の書かれた梅を攻撃しじゃれ合うシーンが、少しずつお互いの中がゆるやかに、ほぐれているように見えてよかった。

 

是枝監督の作品といえば、随分と前に「誰も知らない」をみて以来だろうか。映画館でアルバイトをしていた際に、「そして父になる」も少しふれたか。どうしてもその印象からか「重い」というか、そういう先入観が抜けなかった。こう、まとわりつくような重さというか、あとで鬱っぽくなってしまいそうな、何か。

ただよくよく考えてみれば「誰も知らない」もパッと見てわかるグロテスクさや、痛々しさのようなものはなかった。もっと自然に、しかし内面から伝わる何かに考えさせられることはあったとしても。重いにも種類があるらしい。食わず嫌いをしてしまっていたのかもしれない。「万引き家族」を観よう観ようで観れていないのだが、そろそろ見時なのかもしれない。

 

とりあえず、鎌倉いきたい。

より よく・梅仕事

同居人とは出会ってからちょうど3年くらいたつ。しかしながら、今も把握できていないところは多い。から揚げが好きであることや、夏野菜が嫌いなこと、スーパー戦隊が好きらしいことなどある程度把握していたつもりだが、まだ知らぬことの方が多い。

つい先日のこと。連れだって近所のスーパーに買出しに出かけたときのことだった。梅仕事のPOPが店頭に並び、2人で「そんな季節か」などと適当に話していた。ちょうど昨年・一昨年は両方引っ越しの予定が入ってしまい梅仕事ができなかったのだが、今年はどうするか…つけても、あなたは飲まないでしょう?と聞いたところ、むしろ梅酒は好きだったらしい。知らなかった。普段飲むのは、ビールや檸檬チューハイで、梅酒を飲んでいるのを家でも店でも見たことはなかったのだから。

そんなわけで、梅仕事を今年こそは行うことにした。

 

梅仕事、我が家の場合は梅酒と梅シロップがそれにあたる。私は飲酒をしないのでシロップを嗜む。同居人は両方を楽しむのだろう。
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梅と同量の氷砂糖と酒と。


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まず、梅を綺麗にする。付着物を落とす。

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シロップだけだとそこまで長時間はつけないが、梅酒の場合は長めに5時間程水に浸けあく抜きする。途中で何度か水を変える。


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ボールの中で、梅に傷がつかないように水洗いし、1つ1つ丁寧にキッチンペーパーでふく。梅酒はそのまま氷砂糖と酒とつけ、梅シロップは少々たたいてへこませたものを氷砂糖とつける。


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そして出来上がったのがこちら。梅酒が2瓶、梅シロップが1タッパー。梅シロップは1ヵ月ほどで頂ける。夏の盛りの頃に、爽やかな梅シロップ炭酸なんていいじゃないか。梅酒は半年ほどで飲めるが、できれば1年はつけたい。その辺りは同居人の匙加減だろうか。

ちなみに、梅の色に結構ムラがあったので、1瓶に青梅をあつめ、氷砂糖+酒のみに。もう1瓶は黄色いものをあつめ、氷砂糖+酒+はちみつを入れてまったりとした味になるようにした。

 

さて、どんな味になるだろうか。

何事も話してみないとわからない。何事もやってみないとわからない。来年、私はどうしているか解らないけれど、誰かと、もしくは一人でも美味しい梅を楽しめていたらと思っている。