より よく 生きる

よりよく生きるために

より よく・旅

実家の両親はとにかく規制をしてくる人たちだった。

門限もそうであったし、アルバイトも親が決めたものをさせられ、息苦しいと感じていた。アルバイトが原因で門限を過ぎて怒鳴りつけられたこともある。当然、外泊などは認められず、高校の卒業旅行にもいけなかった。今更恨み言をいっても何にもならないのでこの辺りにしておこう。

 

そんな鬱憤が爆発したのが二十歳の秋頃だった。

実家暮らしの大学生であったからある程度の規制は仕方ないと思っていた。しかし、友人と東京に旅行に行きたいというのを、ひどく反対された。何故、女友達と舞台をみに旅行に行くことがそんなにも否定されることなのか理解できなかった。私は「二十歳を越えているのだから放っておいてくれ。生活費も家に入れて、自分のお金で女友達と行動することに文句を言われる覚えはない」と反抗し、東京に向かったのだった。

 

一度はじけてしまうと不思議なもので、それから一人であちらこちらに行くようになった。いろんなことに対して言えるとことだと思うのだが、抑圧は解放されたときに逆にはじけるように行ってしまうからあまりよくないと思うのだ。適度にこなしていれば、きっと私もはじけたように飛び回ることはなかったかもしれない。

 

それから一人で国内を飛び回るようになった。もちろんフリーターの薄給であるから、日数や金額も限られているが、それでも年に1~2回どこかしらに飛ぶようになったのだ。残念なことに海外には語学の関係でいけていない。パスポートも保有していない。

 

本格的に飛び回るようになった24歳頃から今まで国内でまわったのは日光、東京、鎌倉、箱根、黒部ダム、名古屋、三重、関西圏諸々、岡山、広島、香川、徳島、九州(博多・別府)、沖縄。(たしか黒部、三重、香川、徳島、九州は人といったが、それ以外は一人でいったように記憶している。関西圏は一人でも人とも行っている)

 

さて、本題であるが。

こんなご時世でわがままなことではあるのだが、旅行にいきたい。というより、一人旅がしたい。そこまで現実に向き合っているわけではない私だけれど、現実逃避がしたいのだ。実際の暮らしが嫌なわけではないのだけれど、毎日を重ねすぎると、なにもかも嫌になるときがある。そういうときはやはり、現実逃避がしたくなる。

 

現実逃避のときは特に一人旅がしたくなる。人との旅行ではだめなのだ。

 

よく一人旅談義になると「寂しいから絶対に無理~」だとか「全然一人旅でも寂しくないし、むしろ人と行くのが面倒」といった意見がある。私はそのどちらでもなく、その間くらいだろうか。

 

一人で旅行するのはもちろん快適である。時間の融通もきくし、自分の予定であればドタキャンし放題であって、旅先で1日ホテルで過ごすということをしても誰も文句は言わない。沖縄の綺麗な砂浜にいながら、足以外海につけることをせず、ただただ海を眺めて貝殻を1つ2つ拾ってみるというのもありなのである。(砂浜によっては貝殻を拾うことが禁止されているので、そこは要注意)

もちろん1日にたくさんの予定を詰め込み、超ハードな1日を過ごすというのもありなのだ。分単位で移動して、あの電車にのって、次は…であってもいい。

誰に気を遣うわけでなく、自由なのだ。

 

ただやはり、夜、宿泊先について、空白の時間が生まれた時、静かすぎる空間に寂しさを覚えるのだ。あぁ今私は一人なのだと、この街には私を知る人は一人もいないのだと、しみじみと感じる。

 

それがいいのだ。それが非現実なのだ。と私は声を大にしていいたい。寂しさを感じて何が悪いというのだろうか…。孤独をしるから、人と行く旅行のありがたみが解るのだというのに…もちろん、嫌な面も見えるが。

 

ちなみに私は、その孤独の中、TVをつけてご当地番組を見るという時間が好きである。全く顔も名前もしらない地方のアイドルやコメンテーターが、地元民にしか解らない会話をさも「誰しもがご存知のあの話題」というように話しているのがなんともいえず、不思議な気分になる。自分がよそ者である自覚が上がると言えば伝わるだろうか。ご当地CMをみるのもいい。方言がでているし、何の店かよくわからないものも多い。

広島に旅行した時は、広島カープ情報が何度も出てきて愛を感じた。

 

そんな旅行がしたいのだ。

 

ざっくりまとめると一人旅のデメリット。

・自分で全部の手続きが必要

・困った時に頼れる人がいない

・同じ感動を共有できない

・寂しい

 

逆にメリット。

・自分が行きたいところだけをプランニングできる

・自分の時間で行動できる

・静かにゆっくりできる

 

こんな感じであろうか。

あとこれは性別、年齢といったその人ならではのものがあるので一概には言えないのだが。

 

一人旅であると、現地の人にかまってもらえる率が格段に上がるということである。ホテルの従業員さんとも仲良くなれる率が上がるのだ。

 

24歳の頃、名古屋~東京NO PLAN旅をしたことがある。まず最初3日間、名古屋の知人の家にいく。そのあと4日間は手持ちの10万で特にプランなくその場のノリとテンションで決めるという旅だった。三鷹の森美術館にいってみたい、鎌倉にいってみたい、東京観光もしたい!東京にいくと当時使用していたSNSであるミクシィで投稿すれば、東京の知人が時間を作ってくれたりもした。宿泊先のホテルで何を食べようかと悩みホテルの従業員の方に相談すると、ここからだと…と説明をうけ2泊3日で宿をとっていたため、それ以外の雑談もちょこちょことした。東京→鎌倉間の電車の中、すいていたため絵を描いていたら、伊豆マダムに声をかけていただき、そのまま北鎌倉まで同行してくれたり…。7日間、一人で旅行しているはずが現地の誰かしらが構ってくれて、困ることがなかった。

 

2018年、今から3年前に沖縄に一人で旅行した際も、久米島にあるはての浜にてパラソルを借りようとうろうろしていると、2人組のお姉さんに声をかけて頂き(同じ船に乗っていた方だったらしい)、その方々が借りていたテントにいれてくれ、お菓子まで頂いた。久米島から沖縄に戻る飛行機が軍用機の何やらで空港が閉鎖され、14時の便に乗るはずが20時になってしまい、やけ酒だと大衆居酒屋に行った際は隣に座っていた名前もしらないお兄さんと明け方4時くらいまで飲み明かした。
 

他の旅行でも現地に住む誰かしらが会う時間を設けてくれたり、イベントに一緒に参加してくれたりと、誰かしらの好意に甘えてくることができたのだ。

 

ただこれは一人旅の時に限っていて、またこちらから要求するものではないから、運しだいであるし、ただそれでも私はこういった一期一会の出会いのようなものが泣きそうになるくらい嬉しいのだ。

 

だからこそ、一人旅がしたい。