より よく 生きる

よりよく生きるために

本・鎌倉うずまき案内所

さいころからうずまきを見ているとなんとなく不安になることがある。螺旋階段であったり、どこまでもぐるぐると続くものを見ていると、飲み込まれてしまいそうになって怖いのだ。

昔、理髪店の前には赤白青の回転看板があった。それぞれの色が登っていくようにみえるのに、実はそうではなく ただただ円筒が回っているだけのものだった。子どもの頃はずっと見ていたら下から何かでてくるかもしれないと延々とみていた。うずまきであったり螺旋であったりぐるぐると廻るというのは、なんとも不思議な感覚なのだ。

クロソイド曲線というものがあるらしい。作中にもでてくるのだが、文系の私には難しい…。この曲線はとても美しく思える。やはり不思議だ。朝顔の蔦のようにもみえる。

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9月の頭から新しい職場にいくことになった。大学図書館でのアルバイトだが、慣れないので日々の疲労がとてつもない。2か月怠惰にすごしていたツケかもしれない。困ったことに、ただでさえ取れていない読書時間があまりとれなくなってしまった。であるのに、職場では月に1冊オススメ本を決めなくてはならないらしい。今までの読書量が乏しい私には死活問題である。ただ義務になってしまうと読書も嫌になってしまうので、暫くは既にある手持ちの駒を使っていこうと思っている。仕事は関係なく月に2冊は読みたいと思っているので、それが運よくつながればいい くらいに考えていきたい。ブログの頻度も減ってしまうだろうが、ゆっくりとマイペースに続けていこうと思っている。

 

前回に引き続き、青山美智子さんの本を読んだので、ネタバレ全開で紹介していこうと思う。

鎌倉うずまき案内所

著者:青山 美智子

 

鎌倉という地が私は好きだ。今までの旅行でも何度か訪れている。東京から電車に乗って、箱根からもいった記憶がある。江の島、鎌倉、北鎌倉…何度行っても飽きない。きっと前世では鎌倉周辺に住んでいたのかもしれない。古都奈良に在住しているので、どこか似た香りがするのかもしれない。そんなわけか鎌倉のあたりを舞台にした小説が好きである。ビブリア古書堂の事件手帖やツバキ文具店は頭(記憶)の中の地図でキャラクターが動き回っていてとても楽しかった。

 

古ぼけた時計店の地下にある「鎌倉うずまき案内所」。そこには、双子のお爺さんとなぜかアンモナイトがまっていて…。会社を辞めたい20代男子。ユーチューバーを目指す息子を改心させたい母親。結婚に悩む女性司書。孤立したくない中学生。40歳を過ぎた売れない脚本家。ひっそりと暮らす古書店の店主。平成を6年ごとにさかのぼりながら、悩めるひとびとが「気づくこと」でやさしく強くなる――。ほんの少しの奇跡の物語。

 

裏表紙にかかれた紹介にかかれたように、この物語は平成を6年ずつさかのぼっていくように構成されている。1章は2019年。元号が平成から令和になった年だった。そして2章は2013年…そして6章は1989年までさかのぼる。青山さんの作品を今まで2作読んできたが、共通して実は登場人物同士がどこかでつながっているという描き方がされていた。今回も同様であって、この30年間で時代は違っても鎌倉という舞台で人々の関係がつながっている。ぐるぐると離れてはくっついてを繰り返す。

「人生ってまっすぐな道を歩いているんじゃなくて、螺旋階段を昇っていくようなものなんだなって。お互いの曲線がそっと近づいたり重なったりするときに人は出会うものだし、ぐるぐる回りながらあるところでまた同じような景色を見たりするのね。もしかしたら世界全体が螺旋なのかもしれない。歴史は繰り返されるって、きっとそういうことよ」

作中でてきたこの台詞に そういうことかと納得させられた。

 

全体の構成としては、各章の主人公となる人にはぐるぐると思い悩むなにかを心のどこかに抱えている。そして鎌倉の街並みを歩いていると、不意に知らない道に迷い込み、「鎌倉うずまき案内所」に辿り着く。鉄扉を開き、螺旋階段を下ると双子の老人 外巻さんと内巻さんに出会い、そこでつい悩みを打ち明けて助言・お助けアイテムを教えてもらい…というものだった。お助けアイテムになるのはうずまきの何かで、つむじや蚊取り線香やソフトクリーム。それがすこしだけ助けとなって、背中を押してくれる。追加で困ったときのうずまきキャンディというものをもらうのだが、それがいざというときに小さな奇跡を起こしてくれる。どれも本当に細やかで、しかし本人にはとても大きな手助けだった。

 

青山先生の物語はどこか暖かくて、柔らかくて、読んでいて心地よいものがあって、安心して最後まで読んでいくことができる。号泣する…という展開はないかもしれないけれど、ほっこりとできる作品だと思う。本当に「ここちよい」というのがぴったりなのだ。

何度も何度も、この人はもしかして…?と繋がりを探しながら読むのも面白い。最後まで読み終えてみて、また最初に戻ってパラパラと読み直してしまった。この本のある意味中心にいる「黒祖ロイド」という作家の正体については、してやられた!と思った。たしかのロイドについて、ぼかしつつ書かれていたが最後まで気が付かなかった。うまくトラップにひっかかってしまって、それがまたちょうどいい感じだった。

「うずまきっていうのはそれ自体がエネルギーなんだ」

という台詞がある。なるほど。自然界にもうずまきがあふれている。台風や、竜巻、アンモナイトやカタツムリ、耳の中にあるうずまき管、渦潮なんかもうずまいている。そういう発想はなかったので面白い視点だとおもった。

 

私が昇る螺旋階段はこれから誰の近くにいくことができるだろうか。その時、私はその出会いを大切にできる人間でありたいと思った。数日前から話題にあがっていた台風は熱帯的圧にかわったらしい。台風一過の青空がさわやかで、心地よい夕方である。