より よく 生きる

よりよく生きるために

本・31cm

 

31cm。何の数字かご存知だろうか。

 

 

【31cm】

ヘアドネーションをするために最低限必要な髪の長さ。

 

【ヘアドネーション

切った髪を寄付すること

寄付された髪の毛から作ったウィッグを何らかの理由で髪に悩みを持つ子どもたちに無償で提供する活動のこと

 

幼い頃、母は私の髪を短く切り揃えた。それはまるで男の子のようで、セーラームーンであったり髪の長いヒロインに憧れを抱いていた私には、それが嫌で嫌でたまらなかった。小学生高学年の頃から反動のように髪を伸ばすようになった。その頃は肩くらいだった。それから仕事上伸ばしても支障がなくなってから、腰のあたりまで伸ばすようになり、伸ばしては肩くらいまで切りを繰り返すようになった。その度に、その切られた髪の塊をみて、これをカツラにでもできればいいのにと思っていた。ここ数年は極端に伸ばすということをやめて、肩にかかっては切りというのを繰り返していたのだが、やはり自分から切り落とされる髪をみてなんとも言えない感覚になっていた。

 

そんななか、ヘアドネーションのことを知った。きっかけも何も覚えていないが、髪を寄付するという発想はなかったので、そうか!と合点がいったような感覚だった。ただその時はそのまま通り過ぎてしまった。それからSDGsやボランティアのことを学んでいるうちに「寄付する」ということに興味をもつようになった。金銭的余裕のあまりない私は寄付もそう簡単にすることはできないし、ボランティア活動も時間的余裕をなかなか捻出できず、私にはなかなか手をだすことができないことだった。たくさんの本で「寄付をしよう」というものをみるたびに、できないことを申し訳なく思っていた。そのときに思い出したのがヘアドネーションだった。これなら私にもできるかもしれない。

半年くらい前だろうか。髪を伸ばすために髪をきることにした。綺麗に伸ばして、ヘアドネーションをするために。今はまだ、鎖骨より少し下に届いたくらいであるので、ヘアドネーションをするのは半年か、1年先になると思われる。

 

そんなきっかけでヘアドネーションをしてみようと思ったので、その髪がどのように使われるのか、どのような人が求めているのか、その辺りの知識はなんとなくで済まされていた。ウィッグを必要としているお子さんがいて、そのウィッグの材料になる…という、本当にそれくらいであった。

 

少し前、新聞でこの「31cm」を知った。ヘアドネーションについて書かれた本が出たらしい。これはちょうどいい機会だということで、みてみることにした。

 

レシピエント・美容師・ドナー。それぞれの立場からヘアドネーションについて語られる。また肯定的な意見だけでなく、否定的な意見についても載せられている。たしかにヘアドネーションでウィッグをつくるというのは素晴らしいことであるが、年間に作れる量はかぎられ、また人毛こそ素晴らしいという印象を植え付けられかねないと否定的意見があった。

 

この本を通して伝えられているのは、「必ずしもウィッグを必要としない社会」が理想ということである。矛盾しているようであるが、悲しいかな今の社会はウィッグをしていない状態で外にでればチラと視線が集まってしまう世の中である。今はまだ必要としている社会なのだ。であれば、必要としているレシピエントにウィッグを届ける必要がある。しかしそれだけではなく、このヘアドネーションという活動が広まり、珍しいことではなくなれば、ウィッグをする・しないはもっと自由になれるということらしい。ウィッグをする・しないが自由になり、するとしてもたくさんの選択肢があり、それがローコストであれば、レシピエントも今よりずっと負担は減るだろう。

 

ちなみに、先にも述べたように「なにかできることをしたい」という動機からヘアドネーションしてみようと思い立ったので、レシピエントに対して可哀そうであるから…といった感情はなかった。必要としている人がいる、くらいの認識であろうか。それは今でも変わっていない。ボランティアも寄付も「相手がかわいそうだから」という動機でする方ももちろんいるだろうし、それは間違いでも正解でもない。同時に私のように「自分がしたいからする」という動機であっても正解でも間違いでもない。だから賛否あっていい。

 

とりあえず目標は31cmなのだが、その長さだとSサイズのかなり短いものになるそうだ。折角ならば長めの方がいいだろうか。伸ばせるだけ伸ばしてみようと思う。また、報告できる日が楽しみである。