より よく 生きる

よりよく生きるために

本・ただいま神様当番

やりたいことが多すぎて、何をしたいのか解らない。やりたいことはあるけれど、何から手をつけていいかが解らず、結局何もできないで、時間だけを浪費する。昨年はそういったことが多かったように思う。反省している。勿論、ただただボーっとする時間というのも大切なのだが、そればかりをしていては「やりたいこと」というのはいつまでも「やりたいこと」のまま。その反省をいかし、今年はやりたいことリスト100を作成し、今年中にこれを頑張るという指針を示した。

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やりたいことリスト100を作成するにあたって、まずテーマを決めるのという作業を行ったのだが、これがなかなかに難しい。

ざっと思い浮かんだのがこちらの100個。1~10が絵について、11~20がミニマリストについて、21~40が身体・心について、41~50が旅について、51~60が体験や学びについて、61~75が読書について、76~90が映画について、91~100がその他の目標について。

この絵について、ミニマリストについて…を挙げていく際にネタが尽きてしまったのだ。「私は、本当は何がしたかったのだろう?」と考える。浮かばない。核となるものは何だろうか。

 

今回もまた読了した本についてネタバレを交えて綴っていきたいと思う。

ただいま神様当番

著:青山美智子

ある朝、目を覚ますと手首から腕にかけて「神様当番」と太くて大きな文字が書かれていた。突如目の前に現れた「神様」を名乗るおじいさんのお願いを叶えないと、その文字は消えないらしい。

幸せになる順番を待つのに疲れている印刷所の事務員、理解不能な弟にうんざりしている小学生の女の子、SNSでつながった女子にリア充と思われたい男子高校生、大学生の崩れた日本語に悩まされる外国語教師、部下が気に入らないワンマン社長。

奇想天外な神様に振り回されていたはずが、いつのまにか主人公たちの悩みも解決していて…。

笑って泣けるエンタメ小説。

 

青山さんの本をまだ数冊しか読んでいないが、段々と傾向が読めてきた気がしている。短編ではあるが、全ての物語は実はつながっていて、縁のようなものか、ある物語で傍役をつとめていた人物が別の物語にも違った形で出てくる。それは人物が登場することもあれば、過去の回想や評判のときもあり、様々だ。こういったリンクしていく物語が私は好きなので、青山さんの描かれる物語とは相性がいいと勝手に思っている。今回の「ただいま神様当番」もそういったプロットで描かれる物語だった。

 

①1人目 OL 「わしのこと、楽しませて」

言葉が悪いかもしれないのだが、所謂、白馬の王子様待ちの女性が主人公となる物語。合コンでは数合わせで孤独を味わい、推しのライブチケははずれ、いいことのない毎日。「次あたればいいね」と周りには言われるけれど、次はいったいいつ来るのか。「なにか楽しいことないかな」と呟くのが癖になってしまう…。やっと運気が回ってきた、そう思うのもつかの間。目の前には神様があらわれ突然の無理難題を押し付けられる。その難題こそ「わしのこと、楽しませて」である。

私は、「楽しみ」も「幸せ」も自分が行動しなければ やってくること は少ないと思っている。楽しみたいと思うのであれば、自分で楽しいことをしなければ楽しいと思うこともない。感情とは行動のあとについてくるのに、行動しなければ何も始まることはない。

しかし、誰かが「楽しませてくれる」と思ってしまうのも、ままある話である。結婚をしたら幸せになる!という願望の裏側には、相手が私を幸せにしてくれるという期待が少なからず存在している。ただそういった幸せは、その相手の気持ち次第であって、そんな脆いものに自分の感情を預けてしまっていては不安定極まりない。それに他人の行動が思い通りにいかない時、それはストレスになるかもしれない。勿論人の幸せは自由であるので、それを否定するつもりはない。ただ、私は それ が私の思う「よりよく生きる」スタイルとは外れるので目指さないようにしているというだけである。とはいえ、私も誰かに頼りたいときもある。できるだけ、できるだけでいいから自分の「楽しみ」も「幸せ」も自分で作って、もしくは誰かと一緒に作って共有していく形を取りたい。

 

そういえば、とても素敵だと思ったフレーズがある。

「でもさ、月をじっと見てると、なんだか一対一で話せている気がしてこない?好きなものを、ただ好きだなあ、いいなあって見ていて幸せな気持ちになれるなら、それってもうじゅうぶん、通じ合ってると思わない?だから私は『私のジロ』がいるからいいの。ファンの数だけジロもたっちんもいるんだよ」(p37)

主人公がたまたま知り合った女性に言われる言葉なのだが、まさに といった感じである。誰かの方が それを愛しているからだとか、私はまだ始めたばかりだからダメだとかそんなことは関係ない。他者との比較で幸せというのは判断されることではない。幸せは自分との対話で成り立つものなのかもしれない。私が幸せと思ったのであれば、それでいいのだ。

その後、いろいろあって行動を始めた主人公は、それまで見ていたものの見方が変わり、好転していく。もちろん今すぐ白馬の王子様がやってくるわけではないし、今もそれを待ってしまう。けれど、何もしないお姫様ではなく、自分で自分を幸せにできる人は、きっととても素敵な人だから、私であれば傍にいたいと思う。応援したくなるというか、そうだよねそうだよねと一緒に幸せを噛み締めるというか、そんな物語だった。

 

②2人目 小学生「わし、最高の弟がほしいなぁ」

ひょろひょろで下品な発言の多い弟を可愛いと思えないお姉ちゃんの物語。この物語は環境が違い過ぎているからか、そこまで感情が乗らなかったのだが、主人公が弟が自分のことをどう思っているのかに気付き、行動していく辺りはぐっと来た。フィクションにいうのは野暮なのだが、そんなにうまくいく?と思うシーンが多いのだが、それはそれで愛らしいと思える。

 

③3人目 男子高校生「わし、リア充になりたい」

解りみが深い。リアル、現実世界をSNSに発信する際に色を付けてしまう…というのは、よくある話というか。読書をするときも、わざわざテーブルにお茶とお菓子を用意して、おうちカフェ風にお洒落に読みますみたいな演出をしてしまう。実際は撮影したものをテーブルから床に下ろし、ぐーたらと床に寝そべって読むというのに…だ。こう…道具に嘘はないが、雰囲気をよく見せたい、絵を綺麗に見せたい!というのは誰しもが持っているのでは…?と勝手に願っている。そういった人からよく見られたい、という願望はこの年齢になっても薄く成りこそすれ消えることはないのだと、しんみりしている。

主人公となる男子高校生も、自分の日常がリア充とは程遠いところにいると思っている。スマホがあればリア充になれるかもと思い手にしたスマホも高校生活では全然役に立ってはいない。友達とは言えないレベルの友達(自分では友達と思ってはいるが、きっと相手は自分をそう思っていないであろうレベル)のリア充さをみては羨んで、それに比べて自分は…と悲しくなる。そんな彼の楽しみはTwitterのフォロワーである「アザミ」という女性と「いいね」を送り合うこと。会ったことはない、本名も、素性も知らない。けれど、彼女が何が好きで、何を思っているか…は知っている。リプを送り合うわけではなく、ツイートにただお互い「いいね」を送り合う。そのツイートの全てが嘘ではない。しかし色が混ざる。少しでも綺麗な色にしようと意図が混ざる。アザミとの関係が発展することを願っているわけではない、でも期待はしてしまう、そんな日々で神様に出会う。

ひょんなことから、主人公はアザミと接点をもつ事ができるのだが、そこでも意味のない嘘で自分をよく見せようとしてしまう。そのせいで、アザミを傷つけてしまう。ただ、自分をよく見せようとして小さな嘘を重ねるのはお互い様だった。また、自分がリア充だと思っていた友達にも七転八倒の過去があるのを知る。

ここでも結局、自分が何か行動しなければ本当のリア充にはなれない。できるだけ偽りなく行動する…言葉にすれば簡単だけど難しいことよ…。

 

④4人目 大学非常勤講師「わし、美しい言葉でお話がしたいの」

幼少の頃から日本に興味をもち、日本語能力試験でも最高レベルの点数を取る主人公は大学で非常勤講師として教鞭をとっている。教えているのは英語。しかし彼には悩みがある。昨今の若者言葉が困難で、知れば知るほど難しい。彼の日本語は主語述語がしっかりとしていて、美しい日本語だが、実際の日本人はそこまで綺麗に日本語を話していない。ちなみに「日本語は語学の中でも難しい方で、日本語ができる日本人にとっては他の言語は楽だよ」と昔誰かに言われたが、日本語すら怪しい私には到底、他の言語は無理な話である。

彼のもう一つの悩みは彼の授業を受ける生徒たちにやる気がないということ。彼らに英語力がつくようにと、彼なりに頑張ってはいるのだが、学生からは「真面目すぎてつまらない」と陰で言われてしまう。

この物語を読んでいてとても胸が痛むのだが、私は学生時代、体育と英語の授業が嫌で嫌で仕方なかった。どちらも苦手であると同時に担任教師が大をいくつつけても足りないくらいに嫌いだったということもある。そんなわけで、大学でも英語の授業はサボタージュを決め込むことが多かった。先生には申し訳ないことをしたと思っている。

作中で学生に今の時代ではスマホの翻訳機能で英語の勉強など不要だと言われてしまうシーンも心当たりがある。勿論、口には出していないが、そう思っていた節はある。実際YouTubeでも最近は翻訳機能がついているし、英文もDeepLにコピペしてなんとなく理解してしまっている。相手も当然こちらも人間なのだ。味気ない機械音で済ませるのではなく、感情をのせた発信をするのが本当はいいのだろうな…と今になって思っている。ただ一方的になるのではなく、対話ができるように…。

 

⑤5人目 零細企業社長「わしのこと、えらくして」

ここまでくれば、もう気付いていると思うが、神様のお願いというのは、その人が持っている本質的な願いを自分で叶えること。もしくは見落としているものを、見つけること。

主人公は電気工事全般を請け負う会社を企業した社長であるのだが、これがまた態度がでかく、けち臭い。自分以外は馬鹿とでも思っているような典型的なダメワンマン社長である。会社はまだ小さいがいつかは高層ビルから下界を見渡すのだ…くらいの勢いで、周りを下にみている。当然、社員へのあたりもきつい。そんなある日、社員は事務の女性、経理の妻を残して全員が辞めてしまう。最近よく耳にする「退職代行サービス」を使い連絡もとれずない。しかも調べてみれば、辞めた面々で新しい会社をはじめ、その日以降の工事はすべてそちらで請け負うようにされていた。そんな状態でも彼は、自分の考えが間違っているとは思っていない。神様当番の「えらくして」というのも出世して、事業を拡大して…と本気で思っている。

実際のえらい人はそれとはかけ離れた、むしろその正反対のような人で、やっと「本当にやりたいこと」「なりたい人」を見つけ再始動していく。

神様のお願いは本当の自分の願いに気付き、それを叶えるための正しい道筋を示してくれる。神様はときたま、勝手にその主人公の身体を支配するが、その行動は実はその人がやりたいけどできないことを、神様が後押ししてくれる。殻を破る手伝いをしてくれるというか、そんな感覚。全体通して暖かくなるというか、ほっこりするようなそんな1冊だった。

 

私の「願い」は何であろうか。当面の願いは「わし、自立したい」だろうか。自分で自分を幸せにできるように、目下やりたいことをこなしていこうと思う。