より よく 生きる

よりよく生きるために

映画・日日是好日

実家は無宗教であったので、神であるとか、仏であるとかは学校の教材のなかで触れる世界だった。当然クリスマスにはケーキを食べて、正月には近所の神社に参った。要は、都合のいい時に、都合のいいように宗教に触れてきたことになる。そんな私だが、禅の世界に興味がある。7~8年程前だろうか、桝野俊妙さんの本を手当たり次第読み込んだこともあった。その時にしった言葉が、日日是好日だった。

毎日がアクシデントもハプニングもなく、平和に幸せで満たされながら過ぎていくなんてことは、きっとない。当然幸せに包まれて眠る日もあるだろう。しかし、悔しくて、悲しくて眠りにつくこともできない日も、あるだろう。しかしそれらすべてが、その時だからこそできた体験であり、素晴らしいものである、といったような内容だったように記憶している。

禅語のひとつ。

解釈:表面上の文字通りには「毎日毎日が素晴らしい」という意味である。そこから、毎日が良い日になるように努めるべきだと述べているとする解釈や、さらに進んで、そもそも日々について良し悪しを考え一喜一憂することが誤りであり常に今この時が大切なのだ、あるいは、あるがままを良しとして受け入れるのだ、と述べているなどとする解釈がなされている

(以下URLより参照)

ja.wikipedia.org

その時だからこそできた体験だった、その一瞬一瞬を生きようというのが一期一会のような言葉だと思った。毎日がそれぞれで、同じ日は二度と来ない。同じ顔触れでも、同じ瞬間というのは二度と来ない。今、この時も。

【一期一会】一生に一度の出あい。また、一生に一度と考えなければならないほど、大切な出あい。

由来:その日の茶会を一生に一度のものと考え、悔いを残すなという、茶道の教えから (三省堂国語辞典 第八版 P82 【一期】より参照)

 

今回観たのは以下の作品。ネタバレ交えて綴っていこうと思う。

日日是好日

 

エッセイスト森下典子が約25年にわたり通った茶道教室での日々をつづり人気を集めたエッセイ「日日是好日『お茶』が教えてくれた15のしあわせ」を黒木華主演、樹木希林多部未華子の共演で映画化。

「本当にやりたいこと」を見つけられず大学生活を送っていた20歳の典子は、タダモノではないと噂の「武田のおばさん」が茶道教室の先生であることを聞かされる。母からお茶を習うことを勧められた典子は気のない返事をしていたが、お茶を習うことに乗り気になったいとこの美智子に誘われるがまま、流されるように茶道教室に通い出す。見たことも聞いたこともない「決まりごと」だらけお茶の世界に触れた典子は、それから20数年にわたり武田先生の下に通うこととなり、就職、失恋、大切な人の死などを経験し、お茶や人生における大事なことに気付いていく。

水の音に違いがあると気が付いたことがあるだろうか。暖かいお湯はとろ~っとしていて、冷たい水はキラキラしている。そんな些細な変化に気付けるくらい、周りに五感を働かせているだろうか。身の回りだけではなく、季節を五感で感じ、それを認識できているだろうか。春夏秋冬だけでなく、もっともっと細かい季節の移ろいを。

ただの惰性で日々を過ごしてしまっていることがある。それではならぬと叱責する自分と、それもまた人生と宥める自分とが日々言い争う。その時々で優位に立つのは異なるので、私はそれに振り回されることになる。悔しい。

雨の日は雨を聴く、五感をつかって、全身でその瞬間を味わう。

作中に出てくる言葉。とても素敵だと思った。雨がふっている日に雨を楽しめる人でありたい。雪が積もるシンシンとした音を。風の音を。星空の移ろいに気付けるようになりたい。オリオン座の季節だと、その瞬間を目で肌で感じられるようになりたい。

 

茶道の先生役を演じているのは、2018年9月にこの世を去った樹木希林さん。全ての作品を観たわけではないのだが、晩年の樹木さんの雰囲気がとても好きで好きな役者さんだった。失礼な話ではあるのだが、亡くなると思ってはいなかった。何かあってもケロっと帰ってくる方だと勝手に思っていた。亡くなったときはとてもショックだった。今でも実はあまり実感を持てていない。武田先生を演じる樹木さんが、私にとって理想の樹木さんだった。優しくて、でも言うところは押さえていて、ざっぱりしたおばあちゃんなのに品もあって、なんというか本当にタダモノではないのだ。

 

この映画は物語というよりも、そのシーンごとに意味があるように思う。その台詞の意味もきっと今と数年後ではかわっているだろう。そんな’今’を楽しめる作品だった。