より よく 生きる

よりよく生きるために

映画・容疑者Xの献身

サスペンスやミステリーをさほど多くみているわけではない。子どもの頃にシャーロックホームズを読んだわけでも、江戸川乱歩を読んだわけでもない。観ていたものといえば、金田一少年の事件簿名探偵コナンのコミックやアニメでくらいだろうか。それ以外もドラマや映画を観ることがあったが、そういうものに触れるたびに、思うことがあった。

 

今回は「容疑者Xの献身」について、盛大にネタバレ交えて綴っていこうと思う。後半で「名探偵コナン」のネタバレも一部含むのでご注意願いたい。

ドラマ ガリレオ シリーズの映画化。たしか1期はあらかた観たように記憶している。2期は柴咲コウさんが降板されたとのことで、観ていない。1話完結のドラマで(最終話は違ったが)、起承転結がはっきりしており、その話ごとにテーマになるオカルト現象のようなものがある。それをやや熱血気味の内海刑事と一癖も二癖もある天才物理学者の湯川が、物理学を交えて解明していくという構成が、みていて面白かった。2人のタッグも良い。今年の秋に2人が銀幕に戻ってくるらしい。それならばと久々に、過去の映画を観たわけである。

 

映画「容疑者Xの献身」は何度見ても、辛い。

 

花岡靖子は一人娘とアパートで2人暮らしをしている。早朝には家を出て、勤め先に向かう。勤めるのはかねてからの念願の弁当屋。彼女はそこで店長をしている。

花岡の隣室には石神という高校の数学教師が一人で住んでいた。白髪交じりで、常に猫背で実年齢よりも老けて見え、疲れきったようにすらみえる男だった。彼は毎日、花岡の営む弁当屋で弁当を買う。しかし挨拶以上の会話はほとんどできないでいた。

平和ではないかもしれない。それでも毎日が過ぎていく。そんなある日に事件がおこった。花岡の元夫が、彼女の居場所を突き止めやってきたのだ。暴力的で人の話を聞かない典型的なDV男。彼と花岡の娘には血の繋がりはないらしい。彼が訪ねてきたのは金の無心。挙句、彼は娘を将来、夜職で働かせ さらに金をつくろうとするような男だった。

娘は自分の将来や母のことなど、怖かっただろう。手元にあったスノードームで元夫を殴ろうとする。しかし失敗におわってしまい、逆に暴力をうける形となってしまった。花岡親子は必死になってそれを止めようとし、さなか、こたつの延長コードで元夫の首を絞めて殺してしまったのだった。

隣から鳴り響く騒音で何が起こったかを悟った石神は花岡家を訪ねる。そこから、物語が始まる。

そして変死体が発見された。遺体は顔を潰され、指紋が消えるように指を焼かれ、衣服も燃やされていた。

そして捜査線上にあがったのが、先述の花岡だった。しかし花岡親子には事件当日にアリバイがあり証人までもいた。2人はその日、映画を観た後、ラーメンを食べ、カラオケにまでいっていたのだ。ある意味できすぎたアリバイ。内海は人が同時に2か所に存在したと湯川に助けを求める。その際、湯川はひょんなことから花岡の隣に石神という帝都大学のOBが住んでいたことを知る。石神は湯川も認める天才数学者だった。そして久々の再会を喜ぶ湯川と石神。やはり石神の天才ぶりは少しもかわっていなかった。

石神は花岡親子の犯行が露見しないようになにがしかの偽装工作をしたらしい。そして毎日、公衆電話から2人に指示を出していた。刑事に聞かれた質問への回答方法や、映画のチケットの保管場所まで。しかし次第に石神は花岡に対しストーカーのような行為を繰り返すようになる。花岡に好意を寄せる工藤という男が現れ、花岡も少しずつ工藤に惹かれるようになっていた。それが石神には裏切り行為のように感じたらしい。そしてその石神の想いが、花岡には重くて仕方なかった。これでは元夫が石神に代わっただけだと思うほどに。

湯川は事件の真相を殆ど解明していた。しかし、全てを証明できたわけではなかった。石神を詰問するが、彼は湯川に「この問題を解き明かしても、誰も幸せにならない。忘れてくれ」と乞うのだった。

その後、石神は花岡に2枚の手紙を残し、出頭する。花岡の元夫を殺したのは自分であると。そして花岡へのストーカー行為も認めたのだった…。

 

 

 

私はこれが初めての視聴ではないため、誰が犯人で、トリックも全て理解した上で再度映画を視聴しているわけである。その上で、この「忘れてくれ」のあたりの描写が切なくてならない。石神を演じたのは堤真一さんなのだが、本当に素晴らしい役者さんだと思う。石神の疲れ切った男性像も、ストーカー行為を繰り返す際の不気味さも(本当に怖い)、それぞれのささやかな表情であったり、息遣いが素晴らしかった。

同様に花岡靖子を演じたの松雪泰子さんも素晴らしかった。娘を守る姿勢、靖子の甘さ、真実を知ってしまったあとの表情…全てが素晴らしいと思った。

ガリレオであるので、主人公は湯川と内海であるのだが、この2人の描写はそこまで多くない様に感じた。やはり描かれているのは「容疑者X」がメインなのだろう。

 

はてさて、冒頭でこういったものに触れると思うことがある、という話だが。それはこの後の展開についてなのだ。(フィクションにそういった突っ込みをしてもしょうがないというのはいったんおいておこう)

 

先日、名探偵コナンをみていたときだった。とあるカップルの結婚前夜に事件がおこった。新婦となるはずだった女性が乗った車が爆発しながら燃えあがり、彼女は焼死体となって発見される。自殺と思われたが、不審な点が多く、第一の容疑者として挙がったのだ新郎となるはずだった男性。

事件の真相としては、彼女はわけあって自殺したわけだが、その理由に関しては彼女が命をかけて隠し通したいことだったのだ。事件の真相を解明するためとはいえ、彼女が命がけで守ろうとしたその秘密を多くの人間の前で説く必要がどこにあるのだろうか。解決することが必ずしも必要であるのだろうか、ということ。

好きな方には申し訳がないのだが…無神経にもほどがあるだろう、もっとやり方とかあるだろう…。というかそんな理由は警察と疑われた新郎(新郎にすら覚悟を持たしてから言ってやれと思った)だけが知ればそれでいいわけで、なぜ人前で言う必要があるのか…とモヤモヤとした。解決=最善なのだろうか?

 

解決することが目的のジャンルに対して、こういったことを思うことが甚だお門違いというのは承知の上で思うのだが…ときたま解決することに意味はあるのだろうか?と思ってしまうものがある。

石神が「誰も幸せにならないからわすれてくれ」というのは一方的な我儘であることは理解している。殺人を肯定しているわけでもない。そしてホームレスの方を軽んじているわけでもない。花岡は罪を償うべきであるし、娘も殺人に協力したと見做されればそれ相応の罰を受けなければならない。そして石神も許されない罪を犯してしまった。そう、許されないのだ。この3人は誰しも罪を償うべきであるし、それから逃れることは許されないのだ。殺されていい命などないのだから。

それでも花岡の決断は花岡だけの人生が捻じ曲がるわけではない。娘、石神、工藤…。そのうえで「自分たちだけが幸せになるなんてできない」という決断をした。もし石神がある意味命を懸けて花岡親子を助けた本当の理由を知っていたら、少しは変わったのだろうか…。

 

ラストの湯川が扉越しに全てを察するシーンが切なくて仕方ない。私は学もないし論理的思考は到底できないが、湯川の中では論理的にすべてを理解しているのだろう。それでもあぁして苦悩しているシーンは、何度見ても泣いてしまう。この作品は本当に好きな作品なのだ。辛くなるし後味がいいかといわれると微妙だけれど…。

 

とある人が何かで「人は自分に関係のない人間がいくらそれで亡くなろうが興味を持たないが、身近な人間がたった一人でも亡くなれば、その原因は重大なことになる一面がある」…といったニュアンスのことを仰っていた。たとえば、難病であったり事故、事件であったり。石神にとってそのたった一人が花岡だったのかもしれない。そしてそういった愛もあるのだと、考えさせられた。

 

愛ってエゴなんだなぁとしみじみ。