より よく 生きる

よりよく生きるために

映画・あん

餡。つぶ か こし か論争は、タケノコの里 か キノコの里 か論争よりも古くから存在するのではないだろうか。どちらもそれぞれの良さがあるので、私はどちら派と聞かれると困ってしまうものがある。おはぎの粒あんのようにプチプチとしたものも、赤福のようにこしあんで滑らかに包まれるのも、それはそれで良いのだ。

そういえば最近になって、和菓子を身近に感じるようになった気がする。桜餅も季節の和菓子も、学生の頃より頻繁に見かける。嗜好が変化して、それまで見えていなかったものが見えるようになっただけかもしれない。「月曜日の抹茶カフェ」で和菓子が取り上げられていたが、あれもよかった。そんなわけでマイブームというほどでもないが、和菓子を食べる頻度が飛躍的に向上した今日この頃。初めて御座候を購入して食べてみた。


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ほうじ茶によく合う。

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ここの御座候は粒あん。ちなみにもう一つは白あん。美味だった。余談だがこの御座候は商品名であるのでそう呼んでいるのだが、地方によって呼び名が異なるらしい。回転焼きとか大判焼きとか。これまた論争が起きそうなものである。

 

はてさて、餡を食べたらとても愛おしくなってみた あん という映画について、ネタバレ交えて綴っていこうと思う。

春。満開の桜の下、小さなどら焼き屋「どら春」では今日も常連である中学生が和気あいあいと話しをしている。その横で、一見寡黙そうで不愛想な一人の男がどら焼きを焼いている。男は雇われ店長で、名前を千太郎というらしい。彼は、常連客と入れ替わりでやってきたワカナという少女に失敗したどら焼きの皮を無料でこっそりと渡していた。彼女の家は高校進学もできるかわからないほど、不安定な家庭だったのだ。

そこにとある老婆がやってきた。名前を徳江というらしい。店先にあるアルバイト募集の紙をみて、自分を雇ってほしいという。自給300円、いや、自分は指が不自由であるので200円でも良いと老婆は言う。しかしどら焼き屋の仕事は長時間立ったままであったり、ボールや鍋も重く重労働であり、老体の彼女には無理がある。それらの理由で店主の千太郎は、老婆に雇用はできないと断り、どら焼きを1つ渡して追い払ってしまった。それでも老婆は諦めず、再度来店しこの店のどら焼きは餡が良くない、自分の作った餡をぜひ食べてほしいと 自作した餡を置いて帰っていく。その餡は、その店で使われていた業務用の餡とは香りも味も全てが違うものだった。

桜が散り、葉桜に染まるころ老婆は店にやってきた。そして店主は餡を食べたこと、ぜひ店を手伝ってほしいということを老婆に伝える。すると老婆は泣いて喜び、翌営業日は日が昇る前から準備をしましょうと告げるのだった。

まだ外も暗いうちから作業ははじまった。つけておいた小豆を1つ1つ確認し、皮の状態を確認する。そして、時間をかけて丁寧にゆっくりと、小豆をものではなく 来店客のように接し おもてないする。湯気の香りが変わり、小豆が少しずつ粒あんになっていく。数時間かけて作られた餡は無事完成。2人はどら焼きにして、その餡を試食する。もともと甘党ではなく、どら焼き1つを完食できないという店主だが、老婆が作った餡を使ったどら焼きであれば食べられると絶賛する。何故、そんな彼が店主をしているのか…。それからどら春には多くの人が訪れるようになる。2人が作ったどら焼きの評判が良いのだ。開店前から店先には数人の待ちがでるようになった。2人はささやかな幸せに包まれているようだった。

それからしばらくして、店のオーナーである女性がやってきた。老婆のことで話があるらしい。オーナーの女性は知人から老婆がライ(ハンセン病)なのではないかと聞いたらしい。そして老婆の住所を確認したところ、彼女が住んでいるのはハンセン病患者の方の療養所だった。世間の評判を気にし、老婆を解雇することを迫るオーナー。店主は先代のオーナーに恩があるらしく、無視することはできないらしい。男は困ったように「少し、時間をください」と答えたのだった。

老婆は最初は餡をつくるのみの仕事であったが、次第に接客にも参加するようになる。そして常連の中学生やワカナとも談笑をかわすようになる。そんなある日、ワカナは老婆に指はどうしたのか聞く。老婆の指先は曲がってしまっていて、うまく動かさないらしい。顔を曇らせる店主の横で、老婆は「若いころに病気をしたの」と告げるのだった。そしてワカナは図書館で、老婆の病気がライ(ハンセン病)であることを知ってしまうのだった。

それから店先にはピタリと人が来なくなってしまう。老婆は悲し気に店先に招き猫を置くが、あの頃のように客足は戻りそうもない。近所に老婆の病気のことが広まったのだろう。途方に暮れるなか、老婆は店を去ることにする。店主は何も言えずにただ見送るのだった。

 

 

浅学で申し訳ない限りなのだが、ライ(ハンセン病)に関してほとんど無知であった。ハンセン病という名前こそ知っていても、それがライと呼ばれていることすら私は知らなかった。

人類の歴史上もっとも古くから知られ、恐れられてきた病気の一つであるハンセン病は、らい病(Mycobacterium leprae)が主に皮膚と神経を侵す慢性の感染症ですが、治療法が確立した現代では完治する病気です。1873年にらい菌を発見したノルウェーのアルマウェル・ハンセン医師の名前をとり、ハンセン病とよばれるようになりました。

www.nippon-foundation.or.jp (引用元URL、以下も同様) 

 

老婆の徳江は過去にハンセン病患者として、療養所に隔離されていたらしい。戦後の日本ではどのような扱いを受けてきたのであろうか。

 

ハンセン病に罹患した人びとは遠く離れた島や、隔離された施設へ追いやられ、自由を奪われ「leper]という差別的な呼ばれ方で、社会から疎外された状態で生涯を過ごすことを余儀なくされました。

(中略)

社会の無知、誤解、無関心、または根拠のない恐れから、何千万人もの回復者およびその家族までもが、ハンセン病に対する偏見に今なお苦しんでおり、こうした状況を是正する社会の取り組みは遅れを取っています。

古い時代から日本の患者には、家族に迷惑がかからないように住み慣れた故郷を離れて放浪する「放浪らい」と呼ばれた方も数多くいました。その後、明治時代に入り「癩予防に関する件」「癩予防法」の法律が制定され、隔離政策がとられるようになり、ハンセン病患者の人権が大きく侵害されました。第二次世界大戦後も強制隔離政策を継続する「らい予防法」が制定され、苦難の歴史は続きました。療養所で暮らす元患者らの努力によって、「らい予防法」は1996年に廃止され、2001年に同法による国家賠償請求が認められました。

余談になるかもしれないが、大谷吉継もこのハンセン病患者だったのではないかと言われているらしい。あの茶会での逸話を読んだことがあるが、そういうことだったのか。

 

この映画でテーマになっているのは 差別 であろうことは間違いない。老婆も店主もワカナも背景にはそれぞれ背負っているものがある。そしてそれぞれに差別はついてまわる。

老婆はずっと隔離される生活をしてきて、だからこそ外で働くというのはどれくらい嬉しいことだったのだろう。それを認めてもらえるというのはどれくらい幸せなことだったのだろう。そして、自身のせいで(差別のせいで)店が困窮する事態になってしまったとき、どれくらい悲しかったことだろう。諦めが先にくるのだろうか。怒りか、悲しみか。想像すると本当に胸が痛い。

 

この映画は2015年の作品であるので、当然、現代のCOVID-19のことなど到底想像もついていなかったころに作られたわけである。それなのに、どうしてこんなにもリアルで身近に感じるのだろうか。私がこの2年間で思ったことは「正しく恐怖しよう」ということだった。COVID-19を軽んじることはしない。ただ過剰に恐怖するのではなく、適切に、情報をきちんと獲得しようということだった。

まだ緊急事態宣言が発令されるよりも前の2020年2~3月くらいの頃だっただろうか。当時勤務していたショッピングモールでは情報が錯綜していた。どこの店舗に出た…とか、消毒はどうするのかとか。県内で出て、何処の店舗にいったかもしれないという不明確な情報が、強制するかのように回ってくる。それらの情報はあくまで噂なのだった。県の情報開示があったわけでもなく、館から御触れがあったわけでもない。そういった情報に恐怖している人々が、私にとっては恐怖だった。

 

作中で印象に残ったのは、オーナーが店主に老婆の病気について詰め寄った後、オーナーの女性は過剰なほど手を何度も何度も消毒液で消毒するのだ。

感染経路はまだはっきりとわかっておらず、治療をうけていない患者との頻繁な接触により、鼻や口からの飛沫を介し感染するものと考えられていますが、ハンセン病の感染力は弱く、ほとんどの人は自然の免疫があります。そのためハンセン病は、’最も感染力の弱い感染病’とも言われています。

あくまで想像だが、このオーナーの女性は噂で老婆のことをしり、特にそれについて調べることもなく、ただ今まで聞きかじった情報だけをもって店主の前にあらわれたのだろう。そしてそれが差別であるという自覚もないのだ。

ただ私はこれを真っ向から否定することはできない。人間は自分とは違う何かを見た時、強く拒絶して自分(達)を守ろうとする。そういった防衛反応のようなものを否定できない。私も、もし、何も知らない状態で目の前でそういうことが起こったとき恐怖しないでいられるとは思わない。現に、まだCOVID-19について解っていなかったあの頃は恐怖で仕方なかった。だからこそ、知ることは大切だと思った。

 

 

ここ最近、続けて樹木希林さんの出演されている作品を観たのだが、やはり希林さんの演じられる役はどれも良い。愛おしいというか、人間味を感じるというか、素晴らしい方だと思う。ちなみにワカナの役を演じられていたのはお孫さんだったらしい。知らない女優さんでこれから演技はになりそうだと思い調べたら、お孫さんとあったので驚いた。そして店主をつとめる永瀬正敏さんがちょうどよかった。寡黙過ぎず、不愛想すぎず、軽すぎず、重すぎない。なんとちょうどいい配役か。

 

全体を通してそこまで台詞が多いわけではないが、それでも優しく紡がれていく言葉が愛おしく美しかった。映像も自然の描写が美しい。老婆と店主が2人で餡をつくるシーンの小豆の輝きも美しかった。美味しそう、というよりは芸術的に感じたのは何故だろうか。

 

あと作中に出てきた くめがわ電車図書館 がとても気になった。西武鉄道の引退車両を図書館として使用しているらしい。調べてみると市立図書館ができるよりも前からあったらしい。図書館関係に少しでも携わっている人間であるので、とても気になる。行ってみたい場所がまた一つ増えた。

www.city.higashimurayama.tokyo.jp

 

この映画はまた時間をおいて繰り返しみるだろう。そういう作品に出会えたことを嬉しく思う